日本的経営の本質
 

平成11年10月5日日経ビジネス創刊30年記念特別セミナーより

第一部:
「新しい日本的経営を目指して」奥田トヨタ自動車会長基調講演

・ 企業を取巻く環境としては、第一に経済の成長鈍化、第二に市場経済のボーダレス化、第三に情報技術の急激な発展が挙げられる。
・ 最近アルビントフラの"第三の波"を再読して見て、その的確な予言に改めて認識を新たにした。第一の農業革命、第二の産業革命、そして第三の情報革命を予見していた。
・ 企業は絶え間ない自己改革が必要である。過去に成功体験があるとそこから脱却できずに遂には没落してしまう企業の枚挙に暇はない。成功した場合でもさらにより良くするための変革が必要である。
・ 変化のない組織は腐敗するといえる。
・ 若者のトヨタ離れが長期的に続いていたため、昨年社内の若手および外部の異能を中心とした40名のVVC(バーチャルベンチャーカンパニー)を作った。彼らが自由に業務が出来るように、事業部組織からはずし社長直結として取り組んだ。その成果の一つが、お台場のメガウェーブで彼らのアイディアである。
・ スピーディーな変革は痛みを伴うが、走りながら考えることが必要である。
・ 巧緻より拙速でもよい。百の議論よりも一の実行をやることが必要
・ 自由な競争力こそ真の競争力がつく。ビッグビジネスになる程ライバルが増え、まさに経営者の極みではないか。幸福なことである。
・ 競争が激しいほど、世界でも通用するし、勝ち抜く事ができる。かつて40年前に自動車の自由化が行われた時、大部分の人は欧米の輸出攻勢に晒され自国の自動車産業が滅びてしまうとの声が圧倒的であった。しかし、現実はこの通りである。
・ 自企業の中にも常に競争状態を作ることが大事である。先程話したVVCを作ったおかげで、他の組織にも刺激となり"ヴィッツやアルテッサァー"が生まれた。
・ 現在トヨタは国内200万台、国外300万台(海外生産は150万台)であり、海外の半分が現地生産となっている。雇用者数も約6万人で本体の7万人に迫るところである。
・ 日本では、2人に1台、世界では8人に1台の割合であり、市場はいくらでもある。
・ また、これらを考えた時経営も全てを日本人で行う純潔主義は通用しない。実際、日本でも複数の自動車会社で外国人経営者が生まれている。マツダでは既に2代目になっており、業績も急速に回復したのは周知のことである。トヨタでもどうするか考えているところである。
・ 競争の源泉は企業のトップにある。日本には長期雇用があり、企業のトップもその延長線と考えられる。長期雇用についても長短はある
・ 人材育成も長期雇用を前提とした本人の能力を加味したキャリアパスを考えるのが一般的である。
・ GMの中興の祖であるアルフレッド=スローンの事業部経営における富の分配の話がある。ここでコーポレートガバナンス(企業統治)とは何かの問題がある。
・ トヨタは@お客様のため、A社員のため、B株主のため、C社会のため、D税金を納めることの5つを企業運営の指針としている。これらのステークホルダーの相互のバランスをどのように取るかである。
・ トヨタではコーポレートガバナンスとしての社外取締役はいないが、96年よりインターナショナルアドバイザリーボードを作り海外の有識者を十数名お願いしている。
・ 製造部門の話についてふれると商品開発と技術開発がある。これらのためには、企業業績が思わしくないとのことでR&D経費を節約することは問題である。日本の競争力の源泉を失うことになる。これらにより技術革新のブレークスルーが生まれるわけである。
・ トヨタとしては、環境エネルギーにも注目しており、燃料電池に力を入れている。
・ 経営者として現状に安住していては発展を望めない。企業の方向性を示すのがトップの仕事である。
・ 次ぎに日経連会長としての立場からお話すると、就任時に"人間の顔をした市場経済"を謳った。その後手前味噌であるが、クリントン大統領や小渕首相も大きな会議でこの言葉を引用している。
・ 10月号の文芸春秋に投稿したら、見出しに"首切りするなら腹を切れ"と書かれ、様々な方からお叱りや誤解を受けており、私の真意が伝わっておらず訂正してもらいたいものである。
・ 人に手をつける時は、他に最善の手がないのか考えどうしても見つからない時は、次ぎの就職先を斡旋することが大事である。
・ 資本主義の活力は民間の活力によってもたらされるものであり、現在のマネーゲームには危惧をおぼえる。
・ トヨタが欧米で上場したが、終身雇用で格付けが下がるようでは、ダメ。
・ 成功した人が正当な報酬と評価を得るような社会が大事である。
・ 我々が目指すのは自己責任を原則とした経営である。
・ その他に気になるにのは、少子化と高齢化の問題である。次ぎの世代に立派な国を残すこと。
・ 経営者が誇りをもって経営すること。

第二部:
「パネルディスカッション"日本企業復活の条件"」
出席者:奥田トヨタ会長、宮内オリックス社長、中谷巌氏、司会小林日経BP編集長
―日本の長期雇用について―
中谷:奥田会長の長期雇用のメリットを生かしつつは、これからも全ての企業に通用するのか。ゼロ成長で産業構造が劇的に変化する中で可能なのか。極端に言えば、日本の企業の半分がプラス成長で、半分がマイナス成長ということだ。プラス成長の企業は奥田会長のいう長期雇用を出来るが、マイナスは不可能である。したがって、成長産業にうまく雇用をシフトして行くことが求められることになる。
日本の企業の平均ROEは0.2%である。即ち、1万円の投資に対してわずか20円のリターンしかないことを意味する。米国のROEで考えると1,000〜2,000円のリターンが期待できる。マーケットがグローバルになるとは、グローバルに格付けされた企業しか資金調達ができないことを意味する。
即ち、企業が最低限に評価される利益を確保できて、始めて雇用を論じる資格がるのではないか。企業は社会保障をするのが責務ではなく、それは政府の仕事である。多分奥田会長も本心は私の考えと同じと思いますが……

宮内:企業の経営資源には幾つかあるが、人は他の資源と同じには論じられない。雇用される立場から考えると、これからは自分を生かす仕事がないと逃げて行くのではないか。特に知的労働者を引き止めるためには、知的好奇心と正当な報酬が必要である。一方通常の労働者はグローバルマーケットで勝つためには、国際水準まで報酬を引き下げざるを得ないのではないか。
長期雇用は神話として見なおす時期にきているのではないか。このためには、退職金や年金の制度上の問題を見なおす必要がある。長く勤めれば増える退職金、企業を移れない企業年金の問題である。

奥田:雇用の創出と安定は企業の重要な責任である。先程も申したように人に手をつける場合は、経営者としてやるべき最善を尽くしたか自問する必要がある。
長期雇用にはメリットもある。間違えてもらっては困るのは、長期雇用と終身雇用とを一緒にして欲しくない。

―社外重役の企業への影響について―
宮内:欧米も実はコーポレートガバナンスの問題には悩んでいる。日本の企業はステークホルダー(利害関係者)を意識して利益の分散をはかるため、結果としてROEの低下を招く。
一方、米国は株主だけに集中して利益を分配することを意識している。コーポレートガバナンスは株主のために適切に運営されているかをチェックするのが役目である。日本もいずれ利益の分散から集中へと変わるであろう。これをすることにより日本企業も世界にリターンマッチすることができる。

中谷:ソニーの社外重役を経験しているが、総勢8名と少ないことから激烈な議論になる。私が想像していた以上である。ソニーのROEは10%近いがグローバルな視点から見れば、まだ低い。ソニーの株式時価総額は約6兆円であるが、マイクロソフトは50兆円に近く、その気になれば買収することも不可能ではない。これでは、グローバルな競争はできない。企業価値をあげることが成長できる。これは消費者、市場の評価であり奥田会長の言う5つのステークホルダーに結果的に還元できることになる。

奥田:トヨタには社外取締役はいない。子会社の部品会社や販売会社の中には居るところもある。GMは13名の取締役がいるが、3名はオフィサーの肩書きが着くが、他は社外重役である。社外重役もある程度の数であれば、牽制になるがこれだけ数が違い、しかも社内事情に疎い方が多いことでは如何なものか。

中谷:社外重役は社内のことを知らなくてよい。会社のパフォーマンスを見て、あるいは他社と比較して議論すればよい。日本の取締役会はまさに利害関係者の集まりであり、問題の先送りがおきがちである。そこで、社外取締役がパフォーマンスで判断することになる。

宮内:私はアメリカの社外取締役もやっているが、全ての株主を代表してのチェックを求められる。かつて関係した企業が株価時価総額以上のTOBを掛けられたことがある。実は、その会社に戦略上の視点から出資していたので、TOBの金額面からではなく、戦略上から反対しようとしたら株主の利益を損なう行動をすると訴えられますよとの示唆を受けた。結局その会社はTOBされたが、コーポレートガバナンスとは、株主にとっての利益が確保されることを第一義に判断することが求められる。

―セーフティネット 企業と政府の役割分担―
奥田:失業率が、4.9%⇒4.7%に下がったが、米国に比べて雇用の流動性とベンチャーによるものではない。

宮内:社会は企業や経済だけで成立しているわけではない。社会と企業のフリクション(摩擦)が発生した時に対応するのが政府の役目ではないのか。企業がそこまで社会的責任を持つとすれば不気味な社会と言えよう。この調和を図るのが政府の役割である。

―情報通信革命とエネルギー問題<21世紀の成長分野>―
奥田:ITは社会を大きく変える。しかし、ITを支えているのはハードの製造があってこそとも言える。したがって、製造部門の必要性は変わらない。

宮内:金融サービスはITに最も深く飲み込まれている。米国の就業者の70%は第三次産業で、第二次産業は16%である。一方、日本の第三次産業従事者は60%で、第二次産業従事者は22%である。したがって、これからも第三次産業へのシフトが続くものと考える。

中谷:現在ビジネスを行うと"取引コスト"を必要とする。ITの進展で企業と消費者を"ゼロ"コストで結べる可能性が出て来た。消費者がどのような商品やサービスを望んでいるか十分把握できないため、企業は自らのリスクで予測をして商品開発、生産を行っていた。これが取引コストというものである。インターネットの進展で消費者が直接自分の欲しいものを企業に提示することにより、これらのリスクを回避する可能性が生まれてくる。
では、消費者は自分の欲しいものを1点1点要望するのかと言えばそうではなく、自分はこんなライフスタイルを考えているので実現して欲しいと言った形に変わるのではないか。1960年は素材産業であり、1970〜1980年代は加工組立による商品の提供であった。21世紀はサービス産業であり、要素を組み立てつつ消費者のライフスタイルに合わせた提案を競う形になるのであろう。
米国の今日の成長を分析するとEエコノミーの成長で50%は説明できる。しかし、実際にEエコノミーを活用しているビジネスは全体の数%であり、ほんの僅かなEエコノミーが企業成長の半分を担っていることになる。日本のEエコノミーは1%程度であり、早く立ち上げることが必要である。

奥田:今の話は半信半疑であるが、時の流れはそうであろう。

宮内:米国はこの10年間で金融サービス関連へのITインフラ投資を行ってきた。日本としてもこの差を早急に埋める必要がある。これから頑張れば追いつく、今まで統制産業であったものがマーケットの世界に変わったのであるから。

中谷:ソフトのOSなども追いつくことは可能と考えている。私の個人的見解であるが、PCも後3年程度でディジタルTVに主役の座を奪われ始めると考える。情報家電の世界は圧倒的に日本が優位にあり、挽回できる可能性があると思う。ただ、日本は物造りの発想が強くソフト志向に転換することが大事である。これからはサービスがポイントになる。物の所有から利用に変わるので、実現ツールは何でもよいことになる。日本の製造業は事業部制にしているため、我が部の商品が第一と言った発想が強い。

奥田:トヨタでもカークーン(繭型)と言って情報武装された車の発想を考えている。

―新内閣に期待すること―
中谷:若い人にインセンティブを持たせる社会にして欲しい。国の発展はブレークスルーの量で決まる。また、税金面での改善も必要であり、頑張った人が報われる社会にして欲しい。この2〜3年の若い人を見ているとそのエネルギシューには凄まじいものを感じる。彼らは、20代のうちグローバルマーケットプレイスで仕事をしたいとの意欲は強い。今後3年も経てば、日本も様変わりするのではないか。

宮内:強い内閣が出来たので、構造改革を進めて欲しい。まず第一に、情報通信のコストを下げて欲しい。最近話題となったNTTの定額1万円は一桁単位が違うのではと考える。第二に、郵貯(250兆円)と簡保(200兆円)の開放である。第三に、財政再建の話である。このまま21世紀の若者につけを回すのは大変な問題である。

奥田:第一に労働市場の流動化が容易に図れる仕組みを作って欲しい。第二はベンチャー制度の見なおし、第三は少子化・高齢化の問題である。